なぜライスシャワーはヒールと呼ばれたのですか?
ウマ娘でライスシャワーを知ったため競馬初心者です。ライスシャワーに負けた馬はライスシャワーより弱かったからでライスシャワーが強かっただけ。悪役と飛ばれる意味がよく分かりません。
文句を言うなら強くなれば良いだけでは無いのですか?
回答
zon********:
ヒールと呼ばれるほど強かったんです
簡単に三冠や三連覇を許しては
記録の価値が下がります
名誉な事じゃないですか
huy********:
本命に対する期待が大きい時にそれを覆すことをすると大体どんな分野でも言われます。
競馬はお金掛かっている分尚更でしょう。
三冠が掛かった最後の一戦、ライスシャワーも上位人気ではありましたが、二番人気で単勝7.3倍と一番人気の差が大きいのでミホノブルボンにかかっていた期待の大きさがわかります。
t:
①関東馬「ライスシャワー」が京都で勝ちまくった(92年菊花賞、93年・95年天皇賞春)
「ライスシャワー」のGⅠ勝利は全て京都競馬場。当時は今よりも東西対抗の色合いが濃く、「ミホノブルボン」「メジロマックイーン」とも滋賀・栗東所属の関西馬であったのに対し、「ライスシャワー」は茨城・美浦所属の関東馬で、謂わば敵地で勝ちまくっていた。「関東の刺客」と言われた所以。
②「ミホノブルボン」の無敗の三冠阻止(92年菊花賞)
前年(91年)、あの皇帝「シンボリルドルフ」の仔「トウカイテイオー」が成し得なかった無敗のクラシック三冠達成が今年は見られるかもしれないと誰もが期待していた。ダービーまで無傷の6連勝で迎えた秋初戦京都新聞杯に勝利し(この時「ライスシャワー」は2着)、ファンのほとんどが「ミホノブルボン」の勝利を見にきていた京都競馬場で、「キョウエイボーガン」のハイペースの逃げに翻弄され「ライスシャワー」の差しに破れる姿を見ることに。。。戦犯とされた「キョウエイボーガン」と勝ちを横盗りした形になった「ライスシャワー」は憎まれ役になった(実際はスプリンターと思われていた「ミホノブルボン」の距離適正にも問題があった)。
③「メジロマックイーン」の春の天皇賞三連覇阻止(93年天皇賞)
1980年まで「勝ち抜き制」(1度勝利した馬は生涯出走できない制度)が採用されていた天皇賞。「ダービーよりも天皇賞に勝ちたい」というメジロの家訓(?)を受けて、春の天皇賞祖父父仔三代制覇(91年)と初の連覇(92年)を成し遂げた「メジロマックイーン」は当時の最強ステイヤーと目されていた。ここに天皇賞春4連覇中(「イナリワン」「スーパークリーク」「メジロマックイーン」×2)の武豊が鞍上で関西は大いに盛り上がっていた。
レースは同じメジロの「メジロパーマー」が逃げて「メジロマックイーン」が好位を追走するという絶好の形に。最終コーナーを回ったところで「ライスシャワー」と三頭での叩きあい。後ろから「マチカネタンホイザ」が追ってくる中、「ライスシャワー」が抜け出しそのままゴール。「メジロマックイーン」「ライスシャワー」とも完璧なレース運びでただただ「ライスシャワー」の末脚が優っていた(4着「マチカネタンホイザ」まで当時のコースレコードの高速レースだった)。
「芦毛伝説第三章」(「タマモクロス」「オグリキャップ」に続く芦毛馬三頭目という意味)と言われ、単勝支持率も当時の最高(全戦の平均では43.97%の単勝支持を受けており、トウカイテイオーの36.87%を上回っていた)だった「メジロマックイーン」に「ライスシャワー」が勝った世代交代レースだったのだが、そこは競馬なので単勝1.6倍に勝って、「またやった」と「刺客」のイメージが増してしまった(当然ながらそれを喜んだ人もいた)。
④汚名返上の復活レース(95年天皇賞春)
逃げ馬不在でスローペースが予想された本レース。大本命と言われた「ナリタブライアン」が故障で出走回避するなか、4番人気で出走した「ライスシャワー」。あの天皇賞以来、勝ちきれなかった本馬が優勝のゴール。「やったやったライスシャワーです!」「メジロマックイーンもミホノブルボンも喜んでいる事でしょう」728日ぶりの復活勝利で論調が多少変わった。
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「ライスシャワー」は当時の競馬ブームから生まれたアイドルホースたち(「オグリキャップ」「トウカイテイオー」「メジロマックイーン」「ナリタブライアン」など)に対し、ある意味「一泡吹かせた」馬であって「ヒール」というのは馬券を外した人やマスコミが勝手につけた虚像のようなものであったというのが正直な思いです。
ブロンズコレクター:
ウマ娘のライスシャワーは、必死に努力してメジロマックイーンの天皇賞春3連覇を阻止した感じです。そのアニメ効果で、むしろウマ娘の中では、人気キャラになっている。
先に2冠を取ったミホノブルボンに3冠の期待をライスシャワーが打ち砕いた。
それにミホノブルボンの馬券を外した人が多かったのもある。
メジロマックイーンも3連覇を阻止されたのも同じ理由です。
そもそもメジロマックイーン前年にトウカイテイオーのヒール役で、天皇賞春制しています。そこを杉本さんの名解説などで、メジロマックイーンを悪役にさせなかった。反対にライスシャワーは、マスコミや杉本さんがあえてヒール感を強くしたように感じます。
個人的には、むしろ好きなくらいだったよ。なんというかダークヒーローの感じでカッコよかった
u7d********:
ミホノブルボンは短距離血統のスピード馬のイメージでしたがリアルシャダイ産駒のライスシャワーは長距離の血統だけで菊花賞を勝ち、ミホノブルボンの三冠を阻止してしまったからです。個人的にはです。
kog********:
何でもそうですが大記録を阻止すると言われます。
似たパターンだとディープインパクトに初めて土を付けたハーツクライとかもそうです。
きたきつね:
大谷翔平がメジャーで完全試合を達成できそうな
状況で無名の選手にヒットを浴びて達成できませんでした
その後でその打者はダルビッシュの完全試合を達成できそうな場面も
ヒットを打って阻止した。
この状況見たら余計なことをするな空気読め
って言いたくもなりますよ。
強い弱いの問題ではなくスター選手の大記録をかかった
場面をニ度も阻止したらねぇ。。。って話だからね
ただライスシャワー自身その後は
大スランプに陥って低迷からの復活で大歓声を浴び
そこからの悲劇の死ということもあって
彼の石碑が立つ京都競馬場では今でも多くの人が
訪れるようになったけどね
三冠馬の期待が持たれたミホノブルボン、天皇賞春三連覇の期待が持たれたメジロマックイーン、どちらも一番人気となった名馬たちのそれを応援する人(馬券を買った人)のその夢を砕いたからです
たんに強いか弱いかの話ではありませんよ?(^_^)
rab********:
あの年は『ミホノブルボン』という最強の逃げ馬が圧倒的に人気があったんですよ。そのブルボンが『負けなし』の連戦連勝を繰り返して、菊花賞で三冠を狙ったのですが、それを阻止したのがライスシャワーでした。三冠を期待したファンからは、『お前、なにやっとんじゃー!』と心ない言葉が飛んだのも事実です。
翌年、菊花賞馬となったライスは春の天皇賞へと向かいます。そこには『春の天皇賞三連覇』の大記録に挑むメジロマックィーンがおりました。ただ、『アイツ、またヤラかすんじゃ?』とライスを不気味に感じるファンは多かったです。
その通りにライスシャワーは快勝。あのマックイーンを置き去りにしたことで、ブルボンの時ほどは罵声はなく、『ああ、これからはこの馬の時代だ…。』とファンを納得させたレースでした。
ウマ娘を観たことがないので、どう描かれているのかは分かりませんが、実際に『悪役』的なことを言われたのは、菊花賞の時くらいですよ。
spr********:
ミホノブルボンの無敗の3冠制覇、メジロマックイーンの天皇賞•春3連覇という偉大な記録を続けて阻止したから。
その後無敗の3冠馬は誕生したが、同一G13連覇は未だに達成されてない大記録です。
ちなみに1995年の宝塚記念のレース中に骨折してその場で転倒して立ち上がることが出来ずにその場で安楽死という処置がとられました。
yur********:
1992年、ミホノブルボンの三冠制覇を阻止したって言うのが、いわれなきヒール呼ばわりの原因と思いますが、人気薄でダービー激走&人気を集めて有馬で惨敗→馬券ファンの怒りを買ったのもあるかと思います。
1151847549:
呼ばれ方はヒールだけど、そんなに悪い意味で認識されてはないと思う。寧ろカッコ良かった。それでファンも増えたし。
時代背景的にちょっと不良っぽいのがモテた時代だし、今の時代にはマッチしないけど当時としてはクールだった。
個人的には、ルパンの次元とか、五右衛門とか、ガンダムのシャアとか、あしたのジョーの力石とか。
みどりのマキバオーのサトミアマゾンはライスシャワーがモデルだったとか。
hk8********:
むしろヒールになれなかったし、悲劇の馬と呼ばれた方です。
ミホノブルボンの2着になり万馬券を演出して脚光を浴びましたが、最後は騎手もファンも涙しました。
zon********:
ヒールと呼ばれるほど強かったんです
簡単に三冠や三連覇を許しては
記録の価値が下がります
名誉な事じゃないですか
huy********:
本命に対する期待が大きい時にそれを覆すことをすると大体どんな分野でも言われます。
競馬はお金掛かっている分尚更でしょう。
三冠が掛かった最後の一戦、ライスシャワーも上位人気ではありましたが、二番人気で単勝7.3倍と一番人気の差が大きいのでミホノブルボンにかかっていた期待の大きさがわかります。
t:
①関東馬「ライスシャワー」が京都で勝ちまくった(92年菊花賞、93年・95年天皇賞春)
「ライスシャワー」のGⅠ勝利は全て京都競馬場。当時は今よりも東西対抗の色合いが濃く、「ミホノブルボン」「メジロマックイーン」とも滋賀・栗東所属の関西馬であったのに対し、「ライスシャワー」は茨城・美浦所属の関東馬で、謂わば敵地で勝ちまくっていた。「関東の刺客」と言われた所以。
②「ミホノブルボン」の無敗の三冠阻止(92年菊花賞)
前年(91年)、あの皇帝「シンボリルドルフ」の仔「トウカイテイオー」が成し得なかった無敗のクラシック三冠達成が今年は見られるかもしれないと誰もが期待していた。ダービーまで無傷の6連勝で迎えた秋初戦京都新聞杯に勝利し(この時「ライスシャワー」は2着)、ファンのほとんどが「ミホノブルボン」の勝利を見にきていた京都競馬場で、「キョウエイボーガン」のハイペースの逃げに翻弄され「ライスシャワー」の差しに破れる姿を見ることに。。。戦犯とされた「キョウエイボーガン」と勝ちを横盗りした形になった「ライスシャワー」は憎まれ役になった(実際はスプリンターと思われていた「ミホノブルボン」の距離適正にも問題があった)。
③「メジロマックイーン」の春の天皇賞三連覇阻止(93年天皇賞)
1980年まで「勝ち抜き制」(1度勝利した馬は生涯出走できない制度)が採用されていた天皇賞。「ダービーよりも天皇賞に勝ちたい」というメジロの家訓(?)を受けて、春の天皇賞祖父父仔三代制覇(91年)と初の連覇(92年)を成し遂げた「メジロマックイーン」は当時の最強ステイヤーと目されていた。ここに天皇賞春4連覇中(「イナリワン」「スーパークリーク」「メジロマックイーン」×2)の武豊が鞍上で関西は大いに盛り上がっていた。
レースは同じメジロの「メジロパーマー」が逃げて「メジロマックイーン」が好位を追走するという絶好の形に。最終コーナーを回ったところで「ライスシャワー」と三頭での叩きあい。後ろから「マチカネタンホイザ」が追ってくる中、「ライスシャワー」が抜け出しそのままゴール。「メジロマックイーン」「ライスシャワー」とも完璧なレース運びでただただ「ライスシャワー」の末脚が優っていた(4着「マチカネタンホイザ」まで当時のコースレコードの高速レースだった)。
「芦毛伝説第三章」(「タマモクロス」「オグリキャップ」に続く芦毛馬三頭目という意味)と言われ、単勝支持率も当時の最高(全戦の平均では43.97%の単勝支持を受けており、トウカイテイオーの36.87%を上回っていた)だった「メジロマックイーン」に「ライスシャワー」が勝った世代交代レースだったのだが、そこは競馬なので単勝1.6倍に勝って、「またやった」と「刺客」のイメージが増してしまった(当然ながらそれを喜んだ人もいた)。
④汚名返上の復活レース(95年天皇賞春)
逃げ馬不在でスローペースが予想された本レース。大本命と言われた「ナリタブライアン」が故障で出走回避するなか、4番人気で出走した「ライスシャワー」。あの天皇賞以来、勝ちきれなかった本馬が優勝のゴール。「やったやったライスシャワーです!」「メジロマックイーンもミホノブルボンも喜んでいる事でしょう」728日ぶりの復活勝利で論調が多少変わった。
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「ライスシャワー」は当時の競馬ブームから生まれたアイドルホースたち(「オグリキャップ」「トウカイテイオー」「メジロマックイーン」「ナリタブライアン」など)に対し、ある意味「一泡吹かせた」馬であって「ヒール」というのは馬券を外した人やマスコミが勝手につけた虚像のようなものであったというのが正直な思いです。
ブロンズコレクター:
ウマ娘のライスシャワーは、必死に努力してメジロマックイーンの天皇賞春3連覇を阻止した感じです。そのアニメ効果で、むしろウマ娘の中では、人気キャラになっている。
先に2冠を取ったミホノブルボンに3冠の期待をライスシャワーが打ち砕いた。
それにミホノブルボンの馬券を外した人が多かったのもある。
メジロマックイーンも3連覇を阻止されたのも同じ理由です。
そもそもメジロマックイーン前年にトウカイテイオーのヒール役で、天皇賞春制しています。そこを杉本さんの名解説などで、メジロマックイーンを悪役にさせなかった。反対にライスシャワーは、マスコミや杉本さんがあえてヒール感を強くしたように感じます。
個人的には、むしろ好きなくらいだったよ。なんというかダークヒーローの感じでカッコよかった
u7d********:
ミホノブルボンは短距離血統のスピード馬のイメージでしたがリアルシャダイ産駒のライスシャワーは長距離の血統だけで菊花賞を勝ち、ミホノブルボンの三冠を阻止してしまったからです。個人的にはです。