多度祭が批判されている理由が納得できません。

多度祭で用いられるは、競走生活からドロップアウトし、誰にも見向きもされず近いうちに馬肉にされるであろう馬です。

それを"購入"しているのですから、どう扱おうが勝手だと思います。

それに、そういった扱われ方をされるのが嫌なら自分が買えばいいじゃないですか。

キョウエイボーガンだってそうやって生き延びたんですから。

誰も買わないからそういった使い方をされる馬が現れるのに、自分たちのことを棚に上げて批判するのが許せません。

多度祭への批判は「底辺の馬は無残に馬肉にされればいい!さっさと加工しろ!延命させるな!」と言っているのと同義じゃないんですか?

だって半ば動物虐待でしょう。確かに、競馬がなければ"ウマ"という動物に存在価値がなくなるのは理解しています。

ですが、「競馬はセーフ」は本当に納得できません。


ベストアンサー

gis********:

牛肉豚肉鶏肉魚を一切食べないひとだけだよね。文句言う資格あるの


その他の回答

kum********:

700年の歴史的行事を
批判して廃止に追い込む権利は
この世の誰が有するのだろうか。


投稿者 eldoah