新聞で競馬記事を読んでいたら「98年天皇賞でターフに散ったサイレンススズカ」というような記事が載っていました。その年の天皇賞(秋)の記録をみると最下位で中止となっていたのですが、当時は競馬を知らなかったのでご存じの方ありましたら、何があったのか教えてください。芝で5連勝していたようですね。
回答
chibi6:
スズカ・・・やはり今でも、彼は人気者なのですね。
あの時の天皇賞はちょうど、仕事でTVでも見てなかったのですが・・・。
一番人気が勝てないと言われていた秋天・・・。
スタートを切ったスズカは豊ジョッキーを背に、本当に気持ち良さそうに、走るのが大好き!!と言った様に一生懸命走る子でした。
あの時、よくあのスピードで止まったなぁ?と不思議なくらいでした。ファンの勝手な思い込みなのでしょうが・・・あの時、スズカは大好きな豊ジョッキーを
守ったのでしょうか?良く止まったなと・・。
翌年の秋天、スペシャルウィークと言う馬が、同じ豊ジョッキーを背に、一着になりました。
その時の、勝利Jインタビューで、確か「最後の直線はスズカが背中を押してくれました」みたいな事を語ってたのを憶えています。
hotman2002:
2000mを1分57秒台で走破した時は、サッカーボーイの再来だと感動しました。
タラレバは禁物でしょうが、98年の天皇賞は骨折さえしなければサイレンススズカが日本史上初の1分56秒台で勝っていたんではないかと思います。(言い過ぎかな)
とにかく速くてかっこいい馬でした。
gtrrx7:
私の記憶でお答えさせていただきます。確か、4コーナーに差し掛かる前あたりだったと思いますが、先頭を走っていたサイレンススズカが後続に飲み込まれるかたちで後退していきました。故障を察知した武騎手は、4コーナーで減速し、カーブを曲がらせることをせず、他の馬の邪魔にならないように、そのまま、まっすぐと馬場の外の方に誘導し、その後下馬しました。脚をひどく負傷したサイレンススズカは、再びその勇士をみせることなく、ターフを去りました。サイレンススズカは、97年までは、プリンシパルステークスで勝利し、ダービーでも4番人気になるなどしましたが、そのスピードを持てあますようなレース振りで、G1では結果を出せずにいました。98年に入ってからは、バレンタインステークスから6連勝を全て一番人気で飾りましたが、特に、G2では、まれに見る2着馬との着差が大差となった金鯱賞、初のG1制覇となった宝塚記念、当時無敗でG1を制していた4歳馬(現表記では3歳)2頭(エルコンドルパサー、グラスワンダー)を寄せ付けなかった、毎日王冠は、圧巻のレースでした。(その後、エルコンドルパサーは、JCを勝ち、グラスワンダーは、有馬記念、宝塚記念を勝っていることからも、価値があると思います。)当時1800メートルから、2200メートルの中距離では最強といえる走りでした。距離が延びての走りなど、その後の走りが注目されていただけに、天皇賞(秋)は、非常に残念なレースとなりました。
- 参考URL:
- http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Namiki/7289/
myumyumini:
このときの天皇賞のレース中に、事故を起こして予後不良のために
そのあとすぐに安楽死だったと思います。
レースをテレビでみていたので記憶に残っています。
以下のサイトをごらんになると詳しくかかれているかと思います。
- 参考URL:
- http://www.asahi-net.or.jp/~cw5t-stu/TERAYAMA/keyston.html
Rikos:
4コーナーで骨折し、のちに安楽死になりました。
かなりひどい骨折にもかかわらず、気丈にも歩いていたような記憶が残っています。
http://www.narita.elec.waseda.ac.jp/~ookaku/keiba/tenaki.html
- 参考URL:
- http://www.narita.elec.waseda.ac.jp/~ookaku/keiba/tenaki.html
yungflu:
確か、骨折で、安楽死だったと思います。
あまりにも痛み苦しむので、安楽死にしたらしいですが・・・