こんにちは。
ここ5年ほど競馬から離れておりまして、久々にやってみようかなーということで「競馬エイト」を熟読してました。
で、質問です。
馬柱の騎手名は、同じ苗字の騎手がいない場合は苗字のみ(四位、蛯名、福永・・・)
同じ苗字が他にもいる場合は名前の最初の文字まで(柴田善、横山典、田中勝・・・)
というのが一般的だと思うのですが、
なぜ、アンカツは「安藤勝」と書かれているのでしょうか?
JRA騎手名鑑を見ても他に「安藤」姓の騎手はいないと思うのですが・・・。
http://www.jra.go.jp/datafile/w04_s.html
回答
fine_day:
#2です。競馬に詳しい家族に聞いてみました。
いわく、「同じ苗字の騎手が複数いるときは名前が書き添えられるが、引退などによってその苗字を持つ騎手が一人だけになったときは、苗字だけの表記になるのが普通。安藤騎手の場合は『アンカツ』の愛称が定着しているので、新聞編集者の独断で使っているだけだろう。馬柱ではなく、記事中では『安藤勝』を使っている新聞は多いよ」
とのことでした。
質問者 お礼
2003/04/20 21:19
おお、何度もありがとう御座います。
確かに「安藤」だけでは一瞬「ええと誰だっけ」と思うかもしれませんね。
「安藤勝」ですでに定着している、という編集部の判断っぽいですね。
kenyoshi:
下の方への返事で「95年に安藤勝となり」とありますが、笠松では安藤勝巳騎手のお兄さん、安藤光あき(すいません。漢字はよく覚えてません)騎手もいらっしゃるので安藤勝騎手はデビュー時から「安藤勝」と記されていたと思います。
デビュー時からずっと「安藤勝」と表記されていたものを、中央に入ったからといって名前を省略することもない、というのが理由ではないでしょうか?
質問者 お礼
2003/04/20 21:28
回答ありがとう御座います。
確かに今後、中央、地方どちらからも「安藤」姓がいなくなったとしても「安藤」でなく「安藤勝」と書いておいて欲しいです(実は笠松のある岐阜県出身なので)
benisuzume:
基本的には各新聞社の判断なのでしょうが、私がよく使っている新聞の場合、同じ姓の騎手がいる場合は、名前の1字も載せてます。
ですから武豊の場合は、デビュー以来何度か「武」になったり、「武豊」になったりしてます。(幸四郎以前にも武姓がいた)
さてアンカツについてですが、その新聞では「勝」まで載せています。
その理由は、公営との交流が頻繁になったので(実際に公営の騎手が乗らない日は無いと言ってもいい)、JRAには1人しかいない名前でも、(JRAのレースに乗る)公営の騎手に紛らわしい名前の騎手がいる場合は名前まで載せる、だったような気がします。(彼の場合はアンミツとの区別ですね)
質問者 お礼
2003/04/20 21:23
なるほど、交流が頻繁となった今では、いちいち開催日によって「安藤」にしたり「安藤勝」にしたりしていては紛らわしいですねー。
みなさんのおかげで非常に納得です!
ありがとう御座いました。
toka:
昔栗東には「安藤賢一」という騎手がいて、ヘイセイシルバーなどで実績を残しました。
今から5年後、10年後にJRAの記録を見た時に騎手「安藤」だけだと、未来の競馬ファンには、賢一騎手か勝巳騎手かわからなくなる恐れがあります。
武豊騎手は幸四郎騎手がデビューするまで一時「武」と書かれていましたが、こういう事情もあって、今は昔同姓がいた騎手に関しては基本的に名前も書くようにしているようです。
※もちろんこれは各競馬新聞固有の決めで、基本的にはその新聞の編集部が判断することです。JRAの公式記録は、全部の騎手をフルネームで書くようになっておます。
質問者 お礼
2003/04/20 10:05
回答ありがとうございます。
安藤賢一騎手、不勉強で知りませんでした。
検索してみたところ95年頃も騎乗されていたようですね(私もこの頃は競馬をやっていました)
となると、アンカツが当時「安藤勝」となり、
その名残・・・という感じでしょうね。
重箱の隅をつつくような疑問ですから
「なぜか?」と聞かれてもエイトも困るでしょうね(笑)
ma_:
地方競馬時代に、「アンカツ」と呼ばれていたらしいですよ。だから、「勝」を残したのでは。また、「勝」は縁起いい漢字なので、特に残したかったのでは?
質問者 お礼
2003/04/20 09:58
回答ありがとうございます。
確かに!「勝」の字があるとついついこっちも投票してしまいそうです(笑)
fine_day:
ネット上で「競馬ニホン」の馬柱をみると、「安藤」のみの表記ですね。
Yahoo!スポーツでも同様です。
「競馬エイト」が特殊なのではないでしょうか。
- 参考URL:
- http://www.keibanihon.co.jp/free/denma_e2.htm
質問者 お礼
2003/04/20 09:56
ああ、これはありがとうございます。
「競馬ニホン」を見ていたら疑問には思わなかったでしょうね(関東在住なので入手できませんが)
競馬ニホンがこういう書き方をしているということは、
「安藤勝」という表記はやはりちょっと特殊、ということですね。
No1さんの回答とで推測すると、
エイトは安藤勝、安藤光が二人とも中央に遠征していた時代のままになっている(している)というところでしょうか。
これなら納得できますね。
Rikos:
安藤勝己騎手は、笠原から中央に来た騎手です。
笠原では、他にも『安藤』姓の騎手がいます。
笠原にいた時から中央でも実績がありますし、当時から『安藤勝』として騎乗されていました。
その時からの呼ばれ方が、そのまま中央でも定着したのではないでしょうか?
http://www.usiwakamaru.or.jp/~kasamatu/kisyu/kisyu1.htm
- 参考URL:
- http://www.usiwakamaru.or.jp/~kasamatu/kisyu/kisyu1.htm
質問者 お礼
2003/04/20 09:45
回答、ありがとうございます。
思い出しました。笠松の安藤光彰騎手ですね。確かアンカツ、アンミツは兄弟で中央に来ていたとか。
私は関東開催しかよく知らないのですが、「安藤勝」「安藤光」が同時に中央(関西)に来たことがあったかもしれないですね。
その名残かな。